田口佳月一時帰国個展
枯れてはやがて、光になる
すべてが「ほどける」を受け入れるために
急速に排外主義や戦争へと傾き、「寛容さ」が失われつつある現代社会。硬直する世界の中で、私たちの心は現実に追いつけず、摩耗しています。 本展は、そんな世界において、感情が事実に追いつくまでの「時間」を稼ぐための空間です。
展示されるのは、手作りの草から漉いた紙で折られた無数の鶴。これらは工業製品とは異なり、光と空気に触れながら繊維がほどけ、やがて土へと還っていきます。その「朽ちていく速度」は、人間が喪失を受け入れられる自然なリズムそのものです。
すべては波のように生まれ、減衰し、また形を変えてどこかへ伝播していく。 「ほどけていく」ことへの恐怖を、次なる生成への希望へと変換する、光と影のインスタレーションです。
展覧会概要
入場無料
会場:横浜市鶴見区民文化センター サルビアホール
〒230-0051 神奈川県横浜市鶴見区鶴見中央1-31-2シークレイン 3階ギャラリー
会期:1月24日から2月1日 毎日14:00~21:00 (最終日のみ18時まで)
紙作りワークショップ
草を叩き、紙漉きを行う4時間の紙作りワークショップです。
参加者は1枚を自宅に持ち帰り、残りの紙は光る鶴の形になり、今回の展覧会で作品として展示されます。
参加費
一人 1800円 (中学生以下1000円)
定員 先着 各24名まで
日時
第一回:1月12日月曜日(成人の日)13:00-17:00
第二回:1月17日土曜日 15:00-19:00
第三回:1月18日日曜日 13:00-17:00
場所
横浜市潮田地区センター3階工芸室
〒230-0048 横浜市鶴見区本町通4-171-23 (鶴見駅より徒歩17分)
予約方法:こちらのGoogleフォームからご登録ください。(Emailでの登録を希望される方はinfo@kazuki-t.deまで)
草は横浜市内で採取された稲科の雑草を使用します。アーティストが事前に水と重曹で煮込み、柔らかくした物をワークショップ会場に持って行きます。
↓ここからがワークショップ内容
ワークショップ参加者はこの草をまな板の上でハンマーを用いて叩き、パルプ状にします。
叩いて細かくなった草を水の中で枠に入れ、形を整えます。
すだれの上で形が整えられたら水を落とし、ラップの上にのせます。
二、三回この作業を行い、お好きな一枚を袋に入れて参加者は自宅に持って帰ります。
↑ここまでがワークショップ内容
ワークショップ参加者は持ち帰った濡れた紙を平らな場所に三日間置き、完全に乾燥すると、紙が出来上がります。
アーティストは残りの紙を持ち帰り、乾燥させたのち、折り鶴の形に加工します。これにLEDランプを取り付け、展覧会で展示します。
過去のワークショップの様子はこちら
私の今回の個展のテーマは
「すべてが『ほどける』のを受け入れるために、感情が追いつくまでの時間を稼ぐ場所。」
この空間を、折り鶴と光によるインスタレーションとして立ち上げます。これは、黄昏のように、光と闇が交わり、どちらにも確定しない“間”が立ち上がる、時空を緩める「光の結界」です。
張り詰める世界と、追いつかない心
なぜ今、この場所が必要なのでしょうか。それは、いま世界が「ゆっくり壊れていく」感覚に満ちているからです。
ドイツでは先月(2025年12月)、18歳の全男性に対して、軍への登録と検査の義務化が可決され、徴兵制の復活の一歩を踏み出しました。さらに、かつてのナチスの影を色濃く引きずり、そのスローガンさえ公然と叫ぶ極右政党『AfD(ドイツのための選択肢)』が、1年前、ある州の選挙でついに第1党の座を奪いました。これまで議会で彼らを封じ込めるために他党が守ってきた『決して手を組まない』という一線、いわゆる“防火壁”も、破られはじめています。排外主義が是とされ、人の歴史は「争うこと」だという絶望的な証明がなされようとしている。そんな恐ろしい空気を日々ドイツで感じています。
この世界的な緊張感の中、ウクライナへの侵攻が始まったときの衝撃も、時間が経つにつれ、恐ろしいほど「慣れ」に置き換えられていく。イスラエルをめぐる攻撃と報復の連鎖も、私たちの感覚を摩耗させています。攻撃することに慣れてしまうという、この鈍化そのものが、とても恐ろしいものです。
私自身の経験としても、表現の自由が既に規制され始めている非常に危うい状況がすでに来ていると感じています。三ヶ月前の2025年10月にドイツのゲルゼンキルヘンという街で芸術祭に作品を大学グループで私も出展する予定だったものが、政治的メッセージを含んだ他の学生の作品が事実上の検閲によって中止になり、私を含む大学グループ全体で芸術祭への出展を取り消した出来事があります。表現の自由が、遠い国の話ではなく、現実の手触りを持って目の前に現れたのです。
波としての世界観と、固定が生む歪み
このように世界が硬直し、何かを無理やり押し通そうとする中で、私の世界観の根にあるのは、対照的な「すべては波で表現できる」という感覚です。
流れるからこそ形は保たれ、誰かが何かを「固定」しようとするとき、歪みは必ずどこかに生まれます。波は少しずつ減衰していきますが、その形を変えないようにすることは、他の波を引き込んでいく行為です。
生きるとは、始まりと終わりを内包した、波そのもの。老いも、喪失も、波のように立ち上がり、波のように減衰していきます。その波に逆らって沈むのではなく、波を見つけ、波を受け入れ、波の中で浮く。そのために、私たちには少し時間が必要です。
だからこそ、この展覧会は“時間稼ぎ”の空間でありたいのです。
喪失と空白、波の交わり (個人的体験)
この「時間」の必要性は、私自身の個人的な喪失の記憶とも結びついています。
私が初めて通った、横浜市緑区の十日市場小学校は、私が二年生で引越しをしたのと同時に旧校舎は取り壊され、新校舎へ移転しました。私の思い出の場所は、もう思い出せないくらい跡形もなくなってしまった。当時9歳の少年には、とても寂しい出来事でした。
そして同じ小学二年生のころ、毎日遊んでいた親友が、夏に突如引越ししてしまった。急なお別れに、心にぽっかり穴があいた。
あるいは大人になってからも、大切な友人を亡くしたり、インスタのストーリーで昔好きだった人が結婚したことを知ったり、昔はできていたような徹夜での作業ができなくなっていったり、心に穴がぽっかりと開くような喪失が、じわじわと効いてくる「空白」に、時間を与える場所が必要だと思うのです。
ほどけていく折り鶴
そんな経験があり、私は今回、折り鶴をつくります。
折り鶴は、広島の被爆の物語から「平和の象徴」として語り継がれてきました。私の今回の作品は工業製品の紙ではなく、手作りの草から漉いた紙でできています。それは、永遠ではなく、いずれ繊維がほどけ、土に還っていくことの象徴です。展示空間の中で、光と空気に触れながら、日々朽ちていき、いつか形を失っていく。私はその事実を、最初から作品の中に含めます。
朽ちていくこと、失っていくこと、静かに消えていくこと。それは破滅ではなく、命の循環であり、変換です。このゆっくりと「ほどけていく」速度であれば、私たちは受け入れられる。
問題は、受け入れが追いつかない速度で、世界が変わり、奪われ、断ち切られるときです。
無くなるのではなく、変化して受け継がれる
私たちが必死でいろいろしていることも、10年、100年、2000年と時間が経てば、跡形もなくなるかもしれません。
私は5ヶ月前の夏にギリシャのアテネとデルフィを訪れ、石の彫刻や神殿、遺跡が風と時間の中で風化し、輪郭が溶けていく様子を目の当たりにしました。石でさえ形を変える。地球は45億年という時間を生きていて、人間の歴史など、その中のほんのわずかな揺らぎに過ぎない。
そう考えれば、すべてが無に帰すようにも見える。
けれど私は、「無に変わる」とは思いません。
なぜなら、波は減衰しても消滅するのではなく、形を変えてどこかに残るからです。たとえば、ベートーベンが弾いた音が振動からエネルギーとして形を変え、この世界のどこかに漂っているかもしれない、という考え方のように。
私たちの存在は、無にはならない。必ず何かに伝わり、何かの形として残っていく。
朽ちて失われていくように見えるものは、同時に何かが新しく始まっていて、何かに形を変えているプロセスなのです。何かが失われたとき、必ず何かが生まれている。
私の波が誰かの波を少しでも大きくし、誰かの波がまた別の誰かへと伝播していく。この展示空間は、その波と波がぶつかり合う交わりの場所。ほどけた隙間に入り込んだ光を感じる場所なのです。
今回の光のインスタレーションは、そのことを“感じるための時間”を提供したい。
すべてがほどけていくことを受け入れ、そこに新たな始まりを見つけられるだろうか。
協力
中田 環 田口裕一 田口朋子 田口紗羽 中野雅史 伊澤諒太 谷咲 神川 美礼 近藤祐樹 近藤陽菜 時松励 時松桃香 大島僚太 大島実祐 大島実翔 牛久保輝八 小島英時 ともみ&たくと りく しゅん ゆいぴ 真央さん cheri スヘイル真那武 大池里志 NOEL&AYAKA 鈴木あいち Kenji Nio Kai Nio やまざきえま 中島 あらいちほ おきく 勝部泰成 勝部莉花
ニュース・メディア掲載
2025.12.26 ヨコハマアートナビにて展覧会情報が掲載されました。
2025.12.26 ヨコハマアートナビにて「草から作るワークショップ」が掲載されました。
2026.01.12-18 YOUテレビ「地域情報番組MyYou!」にて放送されます。